ムチぽちゃメイドカフェShangrilaぽちゃえりなさいませ!ご主人様、お嬢様!
営 業 日:月曜~日曜・祝日
営業時間:18時~22時 (土日祝は12時~)
定 休 日:第1月曜日
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石塚うゆより、愛を込めて。

石塚うゆです

これが最後のブログになります

 

 

 

229日㈯は私の生誕祭・出荷式にご帰宅していただき、ありがとうございます。ご帰宅出来なかった方もTwitterでのリプやツイートありがとうございました。

 

 

 

 

振り返ると

私がメイドを始めたのは20151118日。アキバに縁の無い私はもちろんメイドがどういうものなのか知らず、どう頑張ったら良いのかも分からず、人とお話するのもままならないのにメイドになってしまい、困った私にただ唯一できることはご帰宅してくれた方の前でにこにこ笑っていることだけでした。

 

 

 

 

気が聞いた話もできず盛り上げも出来ない、101kgの私はメイド服を着てただ居るだけで。それでも私にとってプレオープンやオープンしてから半年くらいの期間は毎日が挑戦でした。何も出来ない私だからこそ、できることを探して、時間だけはいっぱいあったから秋葉原にずっと居ました。休みの日はメイドカフェに遊びに行って、メイドカフェとはどんなものなのかを学ばせていただきました。

 

 

 

101kgの巨体が秋葉原の道をメイド服を着て歩く未来。誰が想像できたでしょう。私には到底出来ませんでしたが、当時は堂々と胸を張ってピンク色の短いスカートのフリフリのメイド服を身に纏って歩くことが私の中で最先端で、自信が持てたようで、どんな目であっても注目されていることに快感と責任を感じました。

 

 

 

 

 

当時「ぽっちゃりブーム」と呼ばれぽっちゃり女子向けのファッション雑誌やぽっちゃりタレントがメディアで取り上げられる最中、新しいカテゴリとしてぽっちゃりメイドの創設がありました。

 

 

それが、ムチぽちゃメイドカフェ&バーShangrilaでした。

 

 

 

 

 

私はたまたまTwitterで求人をみかけ、興味本位で応募したのがきっかけなのですが、当時のぽっちゃり女子はみんなツイートをみて応募した人が多く、プレオープン当初は倍率がとんでもない数でした。

 

 

 

そんな中メイドになれた私には責任があると思っていました。容姿も性格もスキルも自信の無い私ではありますが、採用されたのは事実で。中にはメイドになれなかった人が沢山いるかもしれない。ならば頑張らないと失礼だなと思って私なりにではありますが可愛くなろうとしたし、ご帰宅していただいた方が楽しめる空間を作るにはどうしたらいいかと試行錯誤の日々でした。

 

 

 

 

 

私がいたのは

全部で310ヶ月31日。

698日。生誕祭は5回。出荷は2回。

 

私の人生の4000時間以上をシャングリラでみんなと過ごしてきました。

 

 

 

シャングリラで初めての生誕祭は私の生誕祭でした。

いま思えば5回生誕祭をやるなんて。毎度それだけシャングリラで過ごしたと実感出来る特別な日でした。たくさんの方々が私一人のために時間を作ってわざわざ足を運んで祝ってくれたことは絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

副店長をしたこともありました。

へっぽこ副店長で、シャングリラにいる時間が当たり前になりすぎてしまったり、頼りのなさから他のメイドさんに助けてもらうことも沢山あったけど、変わりゆくシャングリラにその時期そこに入れたことが復活してからの活力になっていました。

 

 

 

 

腰椎椎間板ヘルニアになりました。

毎度タクシー移動でお給仕は台車の上にイスを固定させた即席車椅子でカウンターの中に居たこともありました。もうヘルニアの痛みは忘れてしまいましたが、お給仕に向かう途中に痛すぎて座ることも立つことも出来ずに泣きながら移動したことを忘れません。車椅子を借りたけど小さくて、大きい車椅子をネットで探したら両国国技館の医務室にありました。お相撲さん用でした。

 

 

 

 

 

テレビの撮影に沢山参加させていただきました。

テレビ撮影の2時間前に店に悪戯な火の大妖精を召喚させて、鎮静のために店の半分をレッドドラゴンの粉まみれにさせたこともありました。あれはもう生きた心地がしなかった。そのあとも火の妖精とは犬猿の仲です。

 

 

 

ここちゅぅぶに出させていただきました。

ここちゅぅぶをきっかけに出会えたご主人様やお嬢様も沢山いました。動画の中で自分の全身像を初めて把握し、面白い体つきをしてるなと自分で思いましたし、食レポのレパートリーの無さと、無表情でもぐもぐ食べる私の顔に驚きました。見られることを意識した表情作りは私の人生の今後の課題にもなりそうです。

 

 

 

 

iPhoneやパソコンを少し使えるようになりました。

電子機器に疎くてパソコンもiPhoneも使いこなせない私が、メニューなどのデザインをしたり、グッズの制作をしたり、イラストを描くことも簡単にではありますが自己流で出来るようになりました。最初のうちは思い描いた形になることは難しい。そのうち色々調べて慣れてきても思い描く形がどんどん高度になっていき上限はないけれど、次第と以前思い描いた形に近づく事が出来てる。だからまずは何も考えず1歩踏み出してみることが大事で、取り敢えず形にしてみるのが大事で。っていうことを身に染みて実感しました。パソコンでもっとできること増やしたいなぁ。

 

 

 

寂しいことですがご主人様・お嬢様や一緒にお給仕するメイドとの急なサヨナラも幾度となくありました。

分かりきったことですが、メイドとして会いたいと思ってもごご主人様・お嬢様に帰宅していただかないと会えないのです。その掟をどちらか一方でも破ればその関係が破綻することになります。私が大事にしていたことの一つに「距離感」がありますが、どのようにして、どのくらい距離を置くかはメイドそれぞれの尺度と信頼度で変化するとは思います。メイドとご主人様・お嬢様の立場でその特別な距離感を保ちつつアットホームであたたかいシャングリラをこれからも楽しんでいただけたら、それがメイド・ご主人様やお嬢様、共に永く関係を続けられるコツだと私は思います。

そして、急なサヨナラもまた一興。とまで言えませんが、サヨナラした後受け入れることに苦を要することも多々ありますよね。急な別れは心を痛めることもあるかもしれませんが、それは他のメイドも同じです。無理に忘れなくてもいいんです。ゆっくり時間をかけて、話をして、受け入れていきましょう。

 

 

 

 

 

メイド達と沢山語りました。

シャングリラのメイドとシャングリラのことを語った夜は数え切れないくらい多くてそれでも答えが出ることは少なかったけど、互いの観る世界とか考えとかそれを知るのがすごく楽しかったし幸せだっなって思いました。夜中にカラオケに行き、歌い騒ぐこともありました。みんなで宴をしたことも、お泊まり会をしたこともありました。いろんな所へご飯を食べに行ったし、時に自宅へお邪魔させていただくこともありました。家族でもない、友達でもないのに、家族より、友達よりも一緒にいる時間が多くて、それなのに分かり合えないことも、ぶつかり合うことも、仲裁に入ることもありましたけど、何と名前をつけたら良いか分からないとても素敵な仲間でした。

 

 

 

お酒が美味しくなりました。

お酒をのんで酔っ払いになり、楽しくなり過ぎることもありましたね。酔っ払った時のTwitterのつぶやきが普段より元気過ぎて心配されたり、年末の年越し営業で普段酔っ払う子がシャキッとするくらい私の方が酔ってしまったり、ジョッキでシャンパン飲んだり、靴が壊れたことを楽しそうにしてたり。皆さんと一緒に居るうちにお酒を飲む楽しさを知ってしまいました。実はシャングリラ入りたての21歳の頃はカシオレかスミノフしか飲めませんでした。本当ですよ。

 

 

 

 

料理をする機会が増えました。

キッチンに立たせていただき、時に料理を教わり、みんなに振舞う機会もたくさん頂きました。歴代キッチンの妖精さんはチャンさん、熊猫さん、タオちゃん、たっちゃん、すけさん、たけさん、最近ではひろくん。時折イレギュラーで数人いらっしゃいました。

イベントメニューを考える際やキッチンに入る際に沢山助けていただきました。

寿司イベントでは鯛のあら汁

花見では鰻巻き玉子

スナック華代ではもつ煮

次のキッチンでは何作ろうかなって調べて、自分の苦手な食材もチャレンジしようかなとか、寒いから身体があたたまるスープにしようかとか、野菜を沢山食べてもらいたいとか、誰かのために作るって楽しいですね。

うゆ丼、うゆ炒飯沢山食べてもらって嬉しかった。

 

 

 

 

 

語ったらキリがないくらい。

私にはシャングリラで過ごした日々が、思い出が沢山あって、ご主人様・お嬢様一人一人、いままで関わったメイドや妖精さん一人一人とのエピソードを書き残したいけど、そしたらいつまで経っても最後のブログ終わらなくなっちゃうから。これは私だけの記憶に残して。

 

 

 

 

 

 

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そうだ。

 

 

メイド達にも沢山言いたいことあるんですけど、ご主人様・お嬢様にも少し響くといいな。

 

 

 

 

 

シャングリラのメイド諸君。

 

 

 

秋葉原のメイドである君たち

 

いまの君たちの時間は

お金では戻せない本当に本当に尊い時間なんだ。

 

 

 

 

メイドとして色々な制約がある中で

君たちはいま何がしたい?

 

 

 

 

 

「したいこと」

「しなきゃいけないこと」と

「メイドでいる現在」とを

天秤にかけることがいずれ必ず、人によっては何度もやってくる

 

 

 

 

 

その時、卒業する理由が「自分の決めたこと」と納得出来るまで考えが練られたら

決断をすればいい

 

 

 

でももし、メイドを卒業する理由が

自分本位ではなく「誰かのせい」「何かのせい」になるのであれば

後を引きずることになるので考え直した方がいい

 

 

 

その時は答えが出るまでゆっくりマイペースにお給仕すれば、それが実はメイドを続けるコツだったりするのかもしれない

 

 

焦らなくていい。

 

でも、君たちの今は有限だ。

 

 

 

自分の優先したいことが「メイド」ならば続けて「メイドじゃないこと」になるまで居たらいい。

 

 

居続けるために切磋琢磨すればいい。

 

 

 

 

 

幾度となく卒業を見守り、

卒業出来なかった子を見送り、

2度卒業をした私が言うんだ。

 

 

 

偉そうかもしれないけど、

答えは自分の中にしかないの。

 

 

自分で考えて、自分で決めて。

誰かに、何かに惑わされないで。

 

 

 

 

 

 

自信の無い私が、

メイドのして少しの自信と勇気を持てた。

 

 

辞めてふりかえった時に何かしら得るものがあるはずだから。

 

 

 

 

 

 

卒業はその子の決意であり、

飛び立つ勇気を讃えてあげて欲しい。

 

その子が精一杯考えて出した答えなんだ。いままで軽い気持ちで卒業した子は私は知らない。

 

 

時間はかかるかもしれないけど

受け入れよう。

 

 

 

 

Ever has it been that love knows not its own depth until the hour of separation.

(愛は別れの時までその深さを知らない)

 

 

 

 

別れの寂しさは慣れることなんてないよ。

 

けど、後悔を減らすように次に繋げることは出来るよね。

 

 

 

 

 

 

 

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さて、そろそろちゃんと別れを言わないとな。

 

 

 

あまり悲観的に別れるのは得意じゃないんだ。

 

 

 

 

伝えきれないことばかりだな

 

 

 

あれだけ時間があったのに

 

 

 

完璧じゃなかったけど

 

完璧じゃなくてもいいんだよね

 

 

 

 

 

昔よりも少しだけ

 

いや、昔に比べたらとっても

 

 

 

自分のこと好きになれました

 

 

 

 

みんなのおかげ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またね」はもう使えないから

ちゃんとしなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

さようなら。

ありがとう。

 

 

 

 

好きでいてくれてありがとう。

推してくれて本当にありがとう。

シャングリラを見つけてくれてありがとう。

 

 

出会えた事が奇跡で

 

貴方が居たから

石塚うゆは存在しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

元気でね。幸せにね。

 

 

 

 

さようなら。

 

 

 

石塚うゆより、親愛なるご主人様・お嬢様、大事なメイド、お世話になった方々へ。